ブログのメリット

ブログを始めて、2ヶ月がたちました。
始める前は、「ブログって、何がおもしろいの?」って、なかなか始める気にはなれなかったけど。
遅ればせながら、今になって「これはすごいツールだなぁ」って思ってます。
相変わらず、トラックバックの意味もよくわかりませんが(^^;ゞ

作文は、もともとニガテ中のニガテ。
8年間、啓学院通信のコラムを年間10個ほど書いてきましたが、それさえ悪戦苦闘の連続。
文章をスラスラ書ける人にとっては、「なんであんなのがタイヘンなの?」って思うでしょうけど。

ブログのメリットを、ボクは2つ感じてます。
一つは、「自分という人間を、自分自身が把握したり、他者に理解してもらったりしやすくなる」ということ。

たとえば、歳をとってくると、「親はどんな人生を生きてきたんだろう」って思ったりします。
そんなとき、親のアルバムを見たって、「どんなことを考え、どんなことをしてきたのか」ってのはわからない。
日記のような文章が残ってたら、父親や母親の人生を読み解く大きな助けになるでしょう。

自分のことを、よく振り返るための助けにもなります。
引退して、時間がじっくりとれるようになってから、「自分史でも書くか」と思っても・・・
過去のことって、都合の悪いことは、どんどん忘れちゃう。
その時その時のリアルな感情も、ほとんど残らない。
それじゃあ、ただの履歴書になってしまって、なにも伝わらない。
後になって昔の記憶や感情を、丹念に掘り起こすのは、膨大な時間と労力がかかってしまうでしょうね。

その点ブログは、それがそのまま自分史になります。
ボクは、自分のパソコンにテキストファイルで書いているのですが・・・
ブログにしておけば、そのバックアップにもなるし、自動的に整理してくれるので、とっても見やすい。

それに何より、「だれかに見られてる」という刺激が、モチベーションになります。
「覗かれると興奮する」ってのも、ちょっと変態っぽいけど(^^;
でも、いくらおしゃべりな人でも、「だれも聞いてない」という状況ではしゃべれません。
「だれかが聞いてくれてるかも」と思うだけで、しゃべる気になったり。

二つめは、「言語化すると、概念が明確化する」という点です。

「言語化=明確化」というのは、ボクがおしゃべりをやめられない、大きな理由でもあります。
ハタ迷惑なことに、ボクは、人に話さないと自分の考えがハッキリしてこない。
だから、申し訳ないことに、会社の人がいつも犠牲になっちゃうんです。
「ブログでしゃべる」ようになって、そのご迷惑を少しでも緩和できているんじゃないかな。
#緩和どころか、増長してるかもf(^^;)

また、同じことを伝えたい人が現れたとき・・・
その人に過去のブログをメールで伝えることで、アドバイスできます。
メールでもできますが、ブログの方が過去のものを引っ張るのが、ずっとラク。

とは言っても、「しゃべるように書く」というのは、相変わらずむずかしいです。
「テープで記録して、それをタイプすれば」って思ってやってみたこともありますが・・・
徒然なる気分のままにしゃべったことは、要点がバラけてしまって、校正しても、なかなかまとまらない。

いまは、神田昌典の「文章作成の4ステップ」(←リンクは、ボクの10/16のブログです)で、以前より10倍ぐらいのペースで書けるようにはなったけど・・・
それでもまだまだ、「文章を書く」ということに、強い抵抗感がある。
人に読まれるって意識して、力んじゃってるのかなぁ。

もっと抵抗感なく、「朝」日記みたいにスラスラ書けたらなぁ。
まだまだ、おしゃべりが多すぎるし・・・
もっともっと、おしゃべりを作文にシフトしないと、みんな退職しちゃうかもしれないしなぁ(・・;)